

人口2,400人足らずの離島である海士町には、都会のような便利さはありません。
しかし、海の恵みや山の恵み、数え切れない『郷土の恵み』はあふれんばかり。
私たち島民は、地域の人々とのあたたかい触れ合いを感じながら、
シンプルながらも心豊かな暮らしを営んでいます。
産業振興にも挑戦し続け、島外との交流も盛んな海士町へは、全国からの移住者も多数。
Uターンを含む地元住民とIターン者とが協力し合って、地域活性化に取り組んでいます。
ふるさとを愛する人たちがいきいきと暮らす、活気あふれる島。
そんな海士町への移住にご興味をもたれた方は、このページを参考になさって下さい。
→【1】移住までのプロセスについて
→【2】移住者インタビュー
⇒ケース③ U&Iターン夫婦、村尾茂樹さん、由美子さん(ともに41歳)の場合
→【3】海士の暮らしが分かるリンク集
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【大まかな流れ】
①まずは役場へ問い合わせの電話 (電話番号は下記)
②実際に訪れて下見、見学、ヒアリング、仕事体験など
③就職先での面接等を経て、諸条件があえば、移住決定
※すべての方がこの流れにあてはまるわけではありません。
《電話窓口》海士町役場・交流促進課 【℡】08514-2-0017
・知りたい情報の内容によって、必要な各課窓口をご案内します。
・必要な資料があれば、郵送等でお送りします。
●就職先に関しては、出来る限り町が紹介いたします。
各種の求人情報については、随時このホームページに掲載します。●移住が決まった際には、住宅も出来る限り町が紹介いたしますが、
必ずしも希望の時期に入居できるとは限りませんのでご了承下さい。
■ケース① Uターン男性、山中仁さんの場合
■氏名:山中 仁さん(23歳)
■勤務先:海士町社会福祉協議会(保健福祉センターひまわり)
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○いつ、どこからUターンしましたか?
--今年4月に、松江市から、子ども時代を過ごした海士へ帰ってきました。小学生の頃まで海士町に住んでいて、その後家族で本土に移住しましたが、夏休みや長期休暇には毎年欠かさず遊びに来るほど海士が大好きで、いつか帰ろうと思っていたんです。
○海士のどんなところが好きで、戻ることを決めたのですか?
--コンビニや大型スーパーなど便利なものはないけれど、必要なものはあるから生活には困らないし、十分に'足りている'気がする。そんなところが好きで、島へ来る決心をしました。 あふれる自然も大好きです!
○今のお仕事は?
--松江市の専門学校、そして岡山の大学で福祉を勉強したことを活かし、現在は保健福祉センターひまわりの職員として働いています。仲間や先輩にも恵まれ、仕事がやりやすい良い職場だと感じています。
(↑)「キンニャモニャ祭り」パレードに職場チームで出場(2011年8月)
○実際にUターンしてみての感想は?
--移住してからの島の生活は、想像していたよりもはるかに楽しく充実しています。その要因としては、同世代の若者が予想以上に多かったことが大きいですね。Iターンの方との交流も多いので、いろんな所で刺激を受けています。
○これからやってみたいことは?
--音楽が趣味なので、友達と一緒に始めたバンド活動が今とても楽しい。島にある14地区の公民館をまわって、アーティストの全国ツアーならぬ「公民館ツアー」をやってみたいですね!運動が好きなので、島のバスケット人口を増やすことも目標のひとつです。
○県外にいる海士出身者(とくに若者)へメッセージを。
--島から外へ出てみたいと思うのは当たり前。むしろ、1回は出たほうがいいと僕は思います。 しばらく外へ出て、学校へ通ったり働いたりして、外から海士を見つめてみて、それで海士町へ帰りたいと思えば帰ればいいし、帰りたくなければ帰らなくても良い。少なくとも僕は、帰って良かったと思っています。いま本土にいる同級生たちも、仕方なくじゃなくて、前向きな気持ちで帰ってくる人が増えたらいいな。そうすれば、海士はもっと良くなると思います。
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■ケース② Iターン女性、白鳥由佳さんの場合
■氏名:白鳥由佳さん(25歳)
■勤務先:海士町観光協会
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○いつ、どこからIターンしましたか?
--2010年9月、埼玉県の東松山市からです。
○Iターンして海士で働くことになった経緯を教えて下さい。
--大学でドイツ語を学んでおり、卒業後はワーキングホリデーで1年間ドイツに滞在しました。しかし現地で就職することができず無念の帰国。ドイツ滞在中に、自分が日本のことを十分に分かっていないことに気付かされ反省していたので、帰国後は「まず日本のことを知らなくちゃ」という想いが強かったですね。そんな気持ちで就活のための情報収集を始めたところ、リクナビ(※求人情報サイト)で偶然みつけたのが、海士町観光協会の募集だったんです。当時募集していたのは「島の語り部」と「宿のおかみさん」で、私は「語り部」に応募しました。
履歴書を送ったところ1次選考を通過。2次選考として、まずは鳥取県の某ビーチで海士町観光協会のイベント手伝いをさせられて(笑)、そのまま海士町へ。そして島内を視察して回り、菱浦港の舟小屋でみんなでバーベキューした後、民宿に泊まり、翌朝面接。緊張しましたが、「東京みたいにモノは無いけどいいの?」と質問されて「別に構いません。のんびりしたいし!」と答えたのを覚えています。結果は無事、合格。合格の連絡をもらった2週間後には移住してました。
○実際にIターンしてみての感想は?
--驚いたのは、人と人とのつながりの凄さです。ぢげ活動(地区の住民が一緒に行う清掃や草刈りなど)や、地区の公民館で行う盆踊りなど、地域の結びつきの強さは新鮮に映りました。
不満は特にないですが...あえて言うならば、洋服やCDを買う店が無いことかな。
仕事は、予想していた以上に楽しいですね!私の担当は、観光協会窓口での受付事務、バスガイド、観光船「あまんぼう」のガイド、歩いてのお散歩ガイド、ときどき民宿の手伝い...と多岐にわたりますが、海士町を訪れるお客様に海士の良さを紹介できることがとても楽しいです。そのために自分でも色々と勉強しなくてはなりませんが、学ぶこと自体も楽しいです。
○本土での経験は、いま海士でどう活きていますか?
-- 意外にも、ドイツ語を活かせています。海士町在住のドイツ人男性の方とお話ができて嬉しいです。埼玉に住んでいたら、ドイツ語を話すチャンスはそんなに無かったかも...。
あとは、趣味で続けているオーボエを活かす機会にも恵まれました。観光協会副会長の小学4年生の娘さんが、私がオーボエを演奏するのを聴いてすごく喜んでくれたんです。夏のビアガーデンでも演奏させてもらいました。海士へ移住してこんなことがあるなんて夢にも思いませんでした。幸せです。
○これからやってみたいことは?
--音楽が好きなので、島の子ども達がもっと音楽と触れ合う機会をたくさん作れたらいいなと思います。できることなら大人数のオーケストラをやりたいですが...それはかなり壮大な夢(笑)
○離島や地方への移住を考えている方へのメッセージを。
--田舎は良くも悪くも人付き合いが濃いので、それが苦にならない人、いろんな人との触れ合いが好きな人だったら、きっと暮らしを楽しめるはずなので、移住へのチャレンジをおすすめします。その場合は、やりたいことを明確にして行くと、得るものが多いと思います。私自身、これからのことを明確に決めているわけではなくて、ここに永住するかどうかもまだ分かりませんが、仮に本土へ戻ったとしても、この島で学んでいることはとても役に立つだろうと思っています。やさしいおじいちゃんおばあちゃんたちから色んなことを教えてもらっているし、交流が盛んな町なので、私自身のコミュニケーション能力も上がった気がしています。前向きなパワーがあふれている海士で、公私ともに様々な劇的体験をさせてもらっているので、たいていのことには動じなくなったかも。私の人生の中で、得がたい時間を今ここで過ごしていると感じています。
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■ケース③ U&Iターン夫婦、村尾茂樹さん、由美子さんの場合
■氏名:村尾茂樹さん(41歳)、由美子さん(41歳)
■職業:茂樹さんは隠岐神社の禰宜、宇受賀命神社の宮司、後鳥羽院資料館の職員
由美子さんは海士町中央公民館の職員
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海士町出身の村尾茂樹さんと、千葉県出身の奥様、由美子さんにお話を伺いました。
※以下、茂樹さんコメントは(S)、由美子さんコメントは(Y)
○いつ、どこからU&Iターンしましたか?
--(S)2009年4月、3人の子どもたちとともに川崎市から移住しました。職場は2人とも東京都渋谷区。まさに都心で働いていました。
○実際にU&Iターンしてみての感想は?
--(Y)海士町の神社の神主である主人と結婚したときからいつかは帰ると分かってはいたけど、いざ移住するとなると、友人らと離れるのが寂しくて涙が出ました。あと、「読み聞かせ」の活動をしていてこれからもっと勉強していこうと思っていたので、離島へ移住したらそれもできなくなるのかな、と思うと悲しかったです。ところが実際に移住してみたら、通信教育など勉強のやりかたはいくらでもあるし、実践の場もあり、心配は無用でした。他にも郷土料理などいろんなことを地域の人が教えてくれるので、勉強になって大助かり。安心しました。
--(S)都内の神社本庁に勤めていたころは職場に70~80人いましたが、島へ戻ったら職場は常に1人か2人。ふるさとなので島の暮らしについては分かっていたけど、職場環境の激変ぶりには正直いって戸惑いました。
いま、神社の使命は大きく2つあると考えています。一つは、「積み重なった'重み'を表現すること」。連綿とつらなる歴史、地域の風習、掃除など日々の習慣など、何でも長く続けられてきたことにはそれなりの重み、厚みがある。それらをきちんと伝えていけば、心の中に自然と「ありがたみ」「感謝のこころ」が芽生えてくると思います。そしてもう一つは、「実際に神社に来ていただくためのアプローチ」です。この2つをテーマとして、海士に戻ってから色んなアイデアを形にしていく中で、今の自分にできること、できないことがわかってきた。試行錯誤を続ける中で、本土にいたときには気付けなかったチャンスに気付いたり、得がたい経験が出来ることも多くあります。海士町というフィールドには学びの機会がたくさんあるということです。やはり地域に根付く神社の「現場」で真摯に実践することが大切ですね。この意味でも、戻ってきて良かったです。
(↑)北分地区の大祭りにて( 2011年7月)
○島での子育てはどうですか?魅力も、課題もあると思いますが...。
--(Y)移住直後の小学校入学式で、新入生がうちの子ひとりだけだったんです...。これは寂しかった。同年代の子どもがもっと増えたらいいな~とは思いますね。
あと、島に診療所しか無いのは移住前から気になっていました。最近ではドクターヘリの運航も始まって、緊急時のサポート体制は良くなっているとは思いますが、子どもにトラブルがおきやすい耳鼻科や眼科は隣の島まで行かなくてはならないので、この島にあったらいいのになあ、と今も思います。でも都会に比べたら怖い事件もないし、余計な心配をしなくて済むのはいいですね。
本当に困った時は、誰かが必ず助けてくれますし。これってすごい安心感です(笑)
--(S)うちの子はこの島に来て、海や山などの自然への関心が一段と高くなりました。通学路で見かける虫や植物も珍しいようで、積極的なんです。釣りも大好きです。自然が身近にあって、実際に手や足で触れながら日々を暮らしていけることは、子どもにとって素晴らしいことだと思いますよ。ただ、小学校から中学校まで一緒の学校に通い、ほぼ全員が顔見知りという状況で、競争心や向上心、自分だけのこだわりとか、そういった気持ちが薄れてしまったら良くないと思い、親としてできるだけのことはしようと思っています。うちの子は剣道をやっていますが、なるべく本土にも遠征に行かせて広い世界を体験させてあげるとか。幸いこの島では「頑張る子ども応援事業補助金」(※)というサポート制度もある。ありがたいことです。
○いまのお仕事について教えて下さい。
--(S)神社ができることは実は沢山あると思っています。子どもの教育に絡めていいますと...、例えばうちの子ども達は3人とも「将来は神主になりたい!」って言うんですが、だからっていきなり神主の勉強だけしてもダメで、自然のこと、哲学、歴史、芸術、科学、色んな分野のことを学び、より広い経験を積むことで、自分の考えも立体的にまとめられるようになる。
自分なりの価値観を深められるようになる。そういう教育をしてあげなければいけないと思うんです。視野が広く、柔軟な発想ができる子どもを育てたい。その部分で、地域の神社ができることってけっこうあると思います。学校では学べない、知識だけではない「社会教育」ということですね。これは子どもに限った話ではなく、大人についても言えると思いますが、神社からの情報発信やさまざまな働きかけによってその人の'気付き'を促すというイメージでしょうか...。
(↑)町内で行われた「ふるさと再発見ツアー」でガイドを務める村尾さん(2011年7月)
--(Y)私の職場である公民館もまったく同じ使命を負っています。
また、例えば中央公民館を会場に「読み聞かせ」の会を始めたことで親子が集まる場ができました。他にも講座を開講したりと、交流のきっかけを提供するのも大切な仕事です。移住したばかりの人にとっては知り合いを増やす貴重なチャンスになるはず。
--(S)Iターンの皆さんが地域になじむのは、最初はすこし難しい場合もあるけど、例えば地区対抗のソフトボール大会や綱引き大会はとてもいい機会。そして実は神社のお祭りも、同じように大きなチャンスなんですよ。お祭りは、地域共同体を確認する場といえます。それに付随する伝統行事や郷土料理などもあり、それに参加することで、地域の一員であると確認できるのです。
だから、話は戻りますが、神社のお祭りに町民の皆さんが関わるキッカケを作るということ、なるべく参加してもらうような工夫をしていくことは地域にとって大事なことなんです。
海士へ戻ってきて、本当に意義のある仕事をさせていただいていると思っています。
--(Y)神社の行事に参加すると、自分が暮らす地域への愛着がわきますしね。それがふるさとへの愛、自信にもつながる気がします。
○家族で離島や地方への移住を考えている方へのメッセージを。
--(Y)やりたいことを明確にして、目標をもって移住したら、きっと道が拓けると思います。一生懸命行動していれば助けてくれる方も出てくると思います。また、実際に移住したら、地域の方への感謝の気持ちを大切にして下さい、と言いたいです。
--(S)例えば海士町のことを、僕は「都会から遠く離れたド田舎の不便な島」なんてさらさら思っちゃいません。東京と比べるなんてそもそもナンセンス。「ここだからこそできること」がたくさんあるはずで、都会とは違う良さを守り、作っていけばいいのですから。それはどの田舎でも言えることですよね。地方へ移住するなら、そういう気概が必要なんじゃないかな。
あと、海士に移住するなら、この島を経済的に自立させるために自分は何ができるだろう?って考えることが大事だと思います。地域を支える一員として、常にビジョンをつくる努力を怠らないようにすることです。田舎だからラクだろう、という甘えた姿勢ではダメだと思いますね。IターンもUターンも関係なく、「みんなで一緒にこの島をより良くしていこう」って考える移住者の方が増えたら、海士はますます良くなりますね!
(※)「頑張る子ども応援事業補助金」
:海士町在住の小・中・高校生について、本土で行われる学校行事以外の各種大会、コンクール、発表会、その他教育長が認めるものについて、一定額の補助金による支援を行う制度。支給額は、大会等で1人1万円、練習試合で1人5千円。主管課は健康福祉課。
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■海士の暮らしが分かる『海士的Webサイト』をご紹介 ※随時追加していきます
(海士についてのブログ集。さまざまな海士人・海士ファンが書いています)