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海士町への移住をお考えの皆さまへ

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人口2,300人足らずの離島である海士町には、都会のような便利さはありません。
しかし、海の恵みや山の恵み、数え切れない『郷土の恵み』はあふれんばかり。

私たち島民は、地域の人々とのあたたかい触れ合いを感じながら、
シンプルながらも心豊かな暮らしを営んでいます。

 

産業振興にも挑戦し続け、島外との交流も盛んな海士町へは、全国からの移住者も多数。
Uターンを含む地元住民とIターン者とが協力し合って、地域活性化に取り組んでいます。

 

ふるさとを愛する人たちがいきいきと暮らす、活気あふれる島。
そんな海士町への移住にご興味をもたれた方は、このページを参考になさって下さい。

 

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【1】海士町への移住、いいかも?と思ったら…

【大まかな流れ】 

①まずは役場へ問い合わせの電話 (電話番号は下記)

②実際に訪れて下見、見学、ヒアリング、仕事体験など

③就職先での面接等を経て、諸条件があえば、移住決定 

※すべての方がこの流れにあてはまるわけではありません。 

 

 

《電話窓口》海士町役場・交流促進課 【℡】08514-2-0017

・知りたい情報の内容によって、必要な各課窓口をご案内します。

・必要な資料があれば、郵送等でお送りします。 

  

●就職先に関しては、出来る限り町が紹介いたします。

 各種の求人情報については、随時このホームページに掲載します。 

●移住が決まった際には、住宅も出来る限り町が紹介いたしますが、

 必ずしも希望の時期に入居できるとは限りませんのでご了承下さい。
 

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【2】移住者インタビュー

 

■ケース① 有友咲貴さん(2018年現在23歳)の場合

 

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■氏名: 有友 咲貴さん

■勤務先: 海士町社会福祉協議会

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 ○いつ、どこからIターンしましたか?

--20174月、岡山県美作市からです。

 

○福祉分野で働こうと思った経緯を教えてください。

--高校3年生の進路選択の時に社会福祉士の資格を知りました。世代を問わず色んな人と関わり、人のために仕事ができるこの資格を取りたいと思って、その資格をとることができる関西の大学に進みました。

 

○大学では何をされていたのですか?

--社会福祉士資格の勉強を一生懸命やって、合格率が30%ほどの社会福祉士に大学時代に合格しました。資格取得だけではなく、学生ボランティア団体で、カナダや熊本県での災害支援活動や、新潟県関川村や三重県熊野での地域活性化の取組みにも参加してきました。 

 

○それだけ経験されたら日本全国どこでも活躍できたかもしれませんが、なぜ海士町だったのですか?

--就職を考えるときに、日々の暮らしも、仕事も、どちらも、今やりたいこと、今だからできることに飛び込みたいと思いました。そうしたことを満たす就職先について知り合いと相談したら、海士町という場所を勧められました。自分で調べてみると、自分の興味分野(自然、人とのつながり、地域福祉等)を満たす場所と思ったのです。そこで、大学4年生の夏に、Ubdobeという団体が主催する「AMA Detox Tour」に参加して、海士町で就職していいものか確かめようと思いました。実際に島の福祉や移住者の話を聞き、自分が想像した以上の良いところだと感じました。そこで、海士町社会福祉協議会に就職活動をしたのです。      

 

 

○実際にIターンをしてみての感想は?

--小さな町ということもあり、仕事でも、生活でもいろんな経験や挑戦をさせてもらっているので、とても勉強になっています。また、隠岐の絶景、きれいな海や田舎の穏やかな景色が気に入っています。休日に、景色をぼーっと見ているだけで癒されます。

 以前住んでいた関西では、何かやろうとしても、申込み手順が煩雑だったり、実施している場所が遠かったり、知り合いがいないなど、やりたくても躊躇することが多かったのですが、海士町では、知り合いがやっていたり、口約束ですぐに参加できたりと、挑戦しやすい環境があるのも魅力です。いまは着付けをしたり、キッシュをつくったり、テニスをしたりと、都会にいたときよりも充実した日々を過ごしています。

また、住んでいる地区の人たちとの距離が近く、夕食に誘ってもらったり、魚をいただいたりと、あたたかい交流があるのも、ありがたく思っています。

 

○これからやってみたいことは何ですか?

--「福祉のプロ」として活躍したいです。いろんな現場経験により、社会福祉士としての専門性を高めていくよう努めています。また、精神保健福祉士の資格取得をして、海士町の人々をもっと幸せにしていくお手伝いをしていきたいです。

 

○移住を考えている方へのメッセージをお願いします。

--まずは気楽に海士町へ来てほしいと思います。海士町での日々では、悩むことがあっても、同じような悩みを解決したIターンの方々も多く、地元の人たちも親切に支えてくれるため、助けられることも多いです。

 移住されたら、地域イベント、草むしり、地区総会などには参加することを強くお勧めします。地区の人たちと顔見知りになると、いろいろと気にかけてくださり、魚や野菜をいただいたりする人情にも触れる機会が増え、海士町での生活がとても楽しくなります。

 私は、いま福祉関係者のシェアハウス「チェダッテ(海士弁:みんなで、連れだって、の意味)」で暮らしていますが、ぜひチェダッテにも立ち寄ってください。歓迎します!

 

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■ケース② 吉井玲香さん(2018年現在30歳)の場合

 

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■氏名: 吉井 玲香さん

■勤務先: 知夫村立知夫小中学校

 

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 ○いつ、どこからIターンしましたか?

--20164月、群馬県高崎市からです。

 

○教育分野で働こうと思った経緯を教えてください。

--もともと絵を描くのが好きで、大学のときは油絵を勉強していました。大学3年の3月、思い立って1週間インドへ、マザーテレサさんがつくった孤児院でのボランティア体験をしにいきました。そこで孤児や貧しい地域の人々に出会い、「この状況をすこしでも良くするために私ができることは教育ではないか」と思い、教員を目指すことにしました。

 

 

○大学では何をされていたのですか?

--大学では、入学当初から美術とは全く正反対の世界である、自転車競技をしていました。毎朝2~3時間練習するほど自転車競技に夢中になり、国内のいくつかのヒルクライムレースで優勝することも出来ました。

そんな、自転車競技と油絵を両方楽しむという自分でも想像しえなかった大学生活を送る中、大学3年でのインドでのボランティア体験をきっかけに、2011年東日本大震災でのボランティア活動に行き始めました。夏には仙台で壁画を描いて被災された方々を勇気づける活動をしているミヤザキケンスケさんに出会い、芸術による支援という道があることを知りました。

その後、自分でも学生仲間とともに何度も東北へ足を運び、被災された方々と絵のワークショップをしながら、何か自分でも役立てることはないかと模索していました。ちなみに、ミヤザキケンスケさんは、2017年11月に海士町に来島され、海士町の中学生、知夫村の小中学生、島前高生に向けてワークショップを行い、結果元気いっぱいな壁画が完成しました。

 

○青年海外協力隊でブータンに行かれたそうですが、そのことを教えてください。

--2012年3月に大学を卒業後、茨城の中学校で、美術の非常勤講師として働き始めました。毎日かかわる子供たちに一生懸命になる中、JICAの青年海外協力隊募集のポスターを見つけ、「海外で美術を教えたら、どんな世界が見えるのだろう」という興味で応募したところ合格。2013年7月からブータン王国の聾学校の美術の先生として派遣されました。

ブータンでは、コミュニケーションに悩みながらも子供たちに図工の基礎を教え、2015年7月に任期満了で帰国しました。ブータンでもたくさんの人に助けてもらいながら年間の生活を楽しませてもらいました。 

 

○海士町へはどのような経緯で移住したのですか。

--妹が、海士町にある隠岐島前高校に2013年4から2016年3まで島留学しており、JICAで協力隊に行く前後に、妹の様子を見に海士町へ2度来たことがありました。協力隊帰国後の訪問時には、隠岐國学習センターの方とも顔見知りになり、教育魅力化に携わることができたら・・と思っていました。

妹の卒業時に再度、就職活動のために海士町訪問したところ、福井小学校の学習支援員として採用され、海士町に移住することが決定。2017年4月からは島根県の常勤講師として知夫小中学校に配属され、美術教員として、島前の3つの中学校でそれぞれ教えるという働き方をしています。

 

 

○実際にIターンをしてみての感想は?

--端的に言うと、美味しく、楽しくてとても健康的な日々です!仕事では、島前にある3つの島の気質の違いや文化の違いを味わいながら、日々楽しむための試行錯誤を重ねています。プライベートでは趣味や友達と過ごしたり、自分で食べる野菜を畑で自分で育てる事に精を出したり、イベントに顔を出したりと、様々な事に足を突っ込んでいます。また、知り合いからお魚をいただいたり、ときにはお宅に呼んでいただいたり、地区の行事に参加させていただいたりすることで地域にも入り込ませていただきとても嬉しいです。 

海士町で特に素敵だと思うことは、祭りや神楽といった伝統行事が世代を超えて受け継がれていることです。数年に一度の地区の大祭りでは高齢の方から子どもたちまで100人以上がそれぞれの役割をもって列をなし、お祭りに参加します。ここには、年間を通した様々な行事によって守られている、地区の縦のつながりや横のつながり、それに加えて私たちのようなよそ者を受け入れてくださる人のあたたかさがあるように思います。 何よりも人に恵まれていると感じています。海士町の人は多芸多趣味、すべての人に対して気をつかう事が出来る素晴らしい人が多いです。また、Iターンのなかには私と同じように青年海外協力隊に参加した経験のある仲間が近くにいたり、アート系のイベントでつながる仲間がいたり、いろんな価値観をもった人が出入りするところも海士町の好きなところです。

 

○これからやってみたいことは何ですか?

--毎日船に乗って島前3島の人と触れながら仕事をする今のスタイルは正直、性に合っているんじゃないかと思っているのでもう少し続ける事が出来たら嬉しいです。移住したから興味あった、隠岐島前神楽は今勉強中です。これからは、島前地域の方々との暮らしの中で、私の海外経験を話す機会があればそこで異文化体験を紹介したり、ライブペインティングや作品展などの芸術系の活動のチャンスも増やしていきたいと思っています。隠岐の島100kmウルトラマラソンは今年初出場して完走しました。他にもまだまだやったことのないことがたくさんあるので挑戦し続けていきたいです。

 

○移住を考えている方へのメッセージをお願いします。

--海士町にまずは来てみることをお勧めします。来てみれば、自分に合う場所や仲間と出会えるかもしれません。

隠岐の冬は風が非常に強くとても辛いです。が、その分、春から夏、秋にかけての隠岐の魅力は何倍にもふくれあがって感じることができます。私自身、フェリーの止まる冬でも海士町での生活にそれほど不便は感じていません。選択肢は少ないかもしれませんが、その分余白がたくさんあるからです。ないからこそ挑戦してみる!つくってみる!ことが出来る余裕があります。

私は最近、甘酒、ヨーグルト、味噌つくりなどの発酵にはまっています。自分で何でもつくってみるとそのものの価値が改めてわかったり、愛着がわいたりします。島暮らしはいろんな人と関わって生きていく人間力と、どんなところでも生きていける力を磨くとてもいいチャンスだと思います。

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■ケース③ 村尾茂樹さん、由美子さん夫婦(2011年現在41歳)の場合

 

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■氏名: 村尾茂樹さん、由美子さん 

 

■職業: 茂樹さんは隠岐神社の禰宜、宇受賀命神社の宮司、後鳥羽院資料館の職員由美子さんは海士町中央公民館の職員

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海士町出身の村尾茂樹さんと、千葉県出身の奥様、由美子さんにお話を伺いました。

 ※以下、茂樹さんコメントは(S)、由美子さんコメントは(Y) 

 

○いつ、どこからU&Iターンしましたか?

--(S)2009年4月、3人の子どもたちとともに川崎市から移住しました。職場は2人とも東京都渋谷区。まさに都心で働いていました。 

 

○実際にU&Iターンしてみての感想は?

--(Y)海士町の神社の神主である主人と結婚したときからいつかは帰ると分かってはいたけど、いざ移住するとなると、友人らと離れるのが寂しくて涙が出ました。あと、「読み聞かせ」の活動をしていてこれからもっと勉強していこうと思っていたので、離島へ移住したらそれもできなくなるのかな、と思うと悲しかったです。ところが実際に移住してみたら、通信教育など勉強のやりかたはいくらでもあるし、実践の場もあり、心配は無用でした。他にも郷土料理などいろんなことを地域の人が教えてくれるので、勉強になって大助かり。安心しました。 

 

--(S)都内の神社本庁に勤めていたころは職場に7080人いましたが、島へ戻ったら職場は常に1人か2人。ふるさとなので島の暮らしについては分かっていたけど、職場環境の激変ぶりには正直いって戸惑いました。   

 いま、神社の使命は大きく2つあると考えています。一つは、「積み重なった'重み'を表現すること」。連綿とつらなる歴史、地域の風習、掃除など日々の習慣など、何でも長く続けられてきたことにはそれなりの重み、厚みがある。それらをきちんと伝えていけば、心の中に自然と「ありがたみ」「感謝のこころ」が芽生えてくると思います。そしてもう一つは、「実際に神社に来ていただくためのアプローチ」です。この2つをテーマとして、海士に戻ってから色んなアイデアを形にしていく中で、今の自分にできること、できないことがわかってきた。試行錯誤を続ける中で、本土にいたときには気付けなかったチャンスに気付いたり、得がたい経験が出来ることも多くあります。海士町というフィールドには学びの機会がたくさんあるということです。やはり地域に根付く神社の「現場」で真摯に実践することが大切ですね。この意味でも、戻ってきて良かったです。 

 

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(↑)北分地区の大祭りにて( 2011年7月)

 

○島での子育てはどうですか?魅力も、課題もあると思いますが...。

--(Y)移住直後の小学校入学式で、新入生がうちの子ひとりだけだったんです...。これは寂しかった。同年代の子どもがもっと増えたらいいな~とは思いますね。    

 あと、島に診療所しか無いのは移住前から気になっていました。最近ではドクターヘリの運航も始まって、緊急時のサポート体制は良くなっているとは思いますが、子どもにトラブルがおきやすい耳鼻科や眼科は隣の島まで行かなくてはならないので、この島にあったらいいのになあ、と今も思います。でも都会に比べたら怖い事件もないし、余計な心配をしなくて済むのはいいですね。   

 本当に困った時は、誰かが必ず助けてくれますし。これってすごい安心感です(笑) 

 

--(S)うちの子はこの島に来て、海や山などの自然への関心が一段と高くなりました。通学路で見かける虫や植物も珍しいようで、積極的なんです。釣りも大好きです。自然が身近にあって、実際に手や足で触れながら日々を暮らしていけることは、子どもにとって素晴らしいことだと思いますよ。ただ、小学校から中学校まで一緒の学校に通い、ほぼ全員が顔見知りという状況で、競争心や向上心、自分だけのこだわりとか、そういった気持ちが薄れてしまったら良くないと思い、親としてできるだけのことはしようと思っています。うちの子は剣道をやっていますが、なるべく本土にも遠征に行かせて広い世界を体験させてあげるとか。幸いこの島では「頑張る子ども応援事業補助金」(※)というサポート制度もある。ありがたいことです。      

 

○いまのお仕事について教えて下さい。

--(S)神社ができることは実は沢山あると思っています。子どもの教育に絡めていいますと...、例えばうちの子ども達は3人とも「将来は神主になりたい!」って言うんですが、だからっていきなり神主の勉強だけしてもダメで、自然のこと、哲学、歴史、芸術、科学、色んな分野のことを学び、より広い経験を積むことで、自分の考えも立体的にまとめられるようになる。   

 自分なりの価値観を深められるようになる。そういう教育をしてあげなければいけないと思うんです。視野が広く、柔軟な発想ができる子どもを育てたい。その部分で、地域の神社ができることってけっこうあると思います。学校では学べない、知識だけではない「社会教育」ということですね。これは子どもに限った話ではなく、大人についても言えると思いますが、神社からの情報発信やさまざまな働きかけによってその人の'気付き'を促すというイメージでしょうか...。

 

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(↑)町内で行われた「ふるさと再発見ツアー」でガイドを務める村尾さん(2011年7月) 

 

--(Y)私の職場である公民館もまったく同じ使命を負っています。    

 また、例えば中央公民館を会場に「読み聞かせ」の会を始めたことで親子が集まる場ができました。他にも講座を開講したりと、交流のきっかけを提供するのも大切な仕事です。移住したばかりの人にとっては知り合いを増やす貴重なチャンスになるはず。 

 

--(S)Iターンの皆さんが地域になじむのは、最初はすこし難しい場合もあるけど、例えば地区対抗のソフトボール大会や綱引き大会はとてもいい機会。そして実は神社のお祭りも、同じように大きなチャンスなんですよ。お祭りは、地域共同体を確認する場といえます。それに付随する伝統行事や郷土料理などもあり、それに参加することで、地域の一員であると確認できるのです。   

 だから、話は戻りますが、神社のお祭りに町民の皆さんが関わるキッカケを作るということ、なるべく参加してもらうような工夫をしていくことは地域にとって大事なことなんです。   

 海士へ戻ってきて、本当に意義のある仕事をさせていただいていると思っています。  

 

--(Y)神社の行事に参加すると、自分が暮らす地域への愛着がわきますしね。それがふるさとへの愛、自信にもつながる気がします。 

 

○家族で離島や地方への移住を考えている方へのメッセージを。

--(Y)やりたいことを明確にして、目標をもって移住したら、きっと道が拓けると思います。一生懸命行動していれば助けてくれる方も出てくると思います。また、実際に移住したら、地域の方への感謝の気持ちを大切にして下さい、と言いたいです。 

 

--(S)例えば海士町のことを、僕は「都会から遠く離れたド田舎の不便な島」なんてさらさら思っちゃいません。東京と比べるなんてそもそもナンセンス。「ここだからこそできること」がたくさんあるはずで、都会とは違う良さを守り、作っていけばいいのですから。それはどの田舎でも言えることですよね。地方へ移住するなら、そういう気概が必要なんじゃないかな。    

 あと、海士に移住するなら、この島を経済的に自立させるために自分は何ができるだろう?って考えることが大事だと思います。地域を支える一員として、常にビジョンをつくる努力を怠らないようにすることです。田舎だからラクだろう、という甘えた姿勢ではダメだと思いますね。IターンもUターンも関係なく、「みんなで一緒にこの島をより良くしていこう」って考える移住者の方が増えたら、海士はますます良くなりますね!

 

 (※)「頑張る子ども応援事業補助金」

 海士町在住の小・中・高校生について、本土で行われる学校行事以外の各種大会、コンクール、発表会、その他教育長が認めるものについて、一定額の補助金による支援を行う制度。支給額は、大会等で1人1万円、練習試合で15千円。主管課は健康福祉課。

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